コンチワ!コンチワ!コンチワ!
神戸に来たついでにバイク(CT110/ハンターカブ)の機動性を活かして神戸八社巡りで厄払い! 一宮神社→二宮神社→三宮神社→四宮神社→五宮神社→七宮神社→六宮神社・八宮神社まで制覇(八宮巡り)!!→(湊川神社)へ参拝して来ました”Mr.ゼットン”です。

ところで、皆さん神戸の八宮巡りと言うのをご存知でしょうか?

生田裔神八社

生田裔神八社(いくたえいしんはちしゃ)とは、兵庫県神戸市の生田神社を囲むように点在している裔神八社のことである。

近年は「港神戸守護神 厄除八社(みなとこうべしゅごしん やくよけはちしゃ)」とも呼ばれ、数字の順に巡ることを八宮巡りといい、厄除けになるとされている。この八社の並び方については、現在は相当ずれているが、北斗七星に似ているのではという説がある(北斗七星の6番目の星は正確には2つで、八星となるため。また北斗七星のひしゃくに現在の生田神社が納まる形となる)。また、近代以後の移転(六宮・八宮が該当する。)前の位置において、概ね東から西に数字が大きくなるが、例外として、二宮は旧生田川をはさんだ東側に、七宮は旧湊川をはさんだ西側(つまり、他の六社から見れば、川の対岸=外側)に位置する。

生田神社を、現在の新神戸駅の北側の裏山にあたる砂山(いさごやま)から水害を逃れるために抱えて来て、現鎮座地で足が止まったと言う刀祢七太夫(とねしちだゆう)は北斗七星を示している可能性もある。また、砂山(別名布引山)は、現在も、崩れることなく健在に見える。

祀られているのは、日本神話のアマテラスとスサノオの誓約の段で産まれた三女神五男神とされているが、七宮神社のみ全く関係のない祭神となっている。さらに、活津日子根命(イクツヒコネ)はどこにも祀られていない。

各社の紹介

一宮神社
所在地 : 兵庫県神戸市中央区山本通1丁目
祭神 : 田心姫命
二宮神社
所在地 : 神戸市中央区二宮町3丁目
祭神 : 天忍穂耳尊 ・応神天皇
三宮神社
幕末に、この神社の前で神戸事件が起こった。境内に「神戸事件発生地の碑」が建てられている。
所在地 : 神戸市中央区三宮町2丁目
祭神 : 湍津姫命
四宮神社
所在地 : 神戸市中央区中山手通5丁目
祭神 : 市杵島姫命
五宮神社
明治時代、湊川神社の氏子社になりかけたが、生田神社社家先祖である海上五十狭茅の子孫の家が近隣にあったため、住民の申し出により、取り止めとなった。現在は、8社中一番標高の高い場所に鎮座しており、元は宇治川の氾濫原にあったため、現在地に移ったのではとの説がある。
所在地 : 神戸市兵庫区五宮町
祭神 : 天穂日命
六宮神社
所在地 : 神戸市中央区楠町3丁目 八宮神社の境内(明治初期に道路拡張のため八宮神社に合祀)
祭神 : 天津彦根命・応神天皇
七宮神社
生田神社とは関係が無い長田神社の末社ともされ、前身はみぬ売神社とされている。元々は会下山南麓で、北風家が祀っていたといわれている。
所在地 : 神戸市兵庫区七宮町2丁目
祭神 : 大己貴尊・天児屋根命
八宮神社
所在地 : 神戸市中央区楠町3丁目
祭神 : 熊野杼樟日命・素盞嗚尊

八宮神社(六宮神社)

所在地: 〒650-0017 兵庫県神戸市中央区楠町3丁目4−13
電話: 078-341-6920
八宮神社は神戸市中央区楠町に鎮座し、生田裔神八社の六宮神社と八宮神社とが合祀された神社。 ウィキペディア
「七宮神社」からバイク(CT110/ハンターカブ)で走ること10分で(生田裔神八社)の中の八柱目に当たり、 神戸市中央区楠町に鎮座する神社「八宮神社(六宮神社)に到着。
ここに天津彦根命ならびに応神天皇並び熊野杼樟日命並び素盞嗚尊を祀っられています。

天津彦根命(アマツヒコネ)

アマツヒコネは、記紀等に伝わる日本神話の神。

『古事記』では「天津日子根命(あまつひこねのみこと)」、『日本書紀』では「天津彦根命(あまつひこねのみこと)」、他文献では「天都比古禰命」とも表記される。

応神天皇

応神天皇(おうじんてんのう、仲哀天皇9年12月14日 – 応神天皇41年2月15日)は、第15代天皇(在位:応神天皇元年1月1日 – 同41年2月15日)。諱は誉田別尊(ほむたわけのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと)、大鞆和気命(おおともわけのみこと)。誉田天皇(ほむたのすめらみこと/ほんだのすめらみこと)、胎中天皇(はらのうちにましますすめらみこと)とも称される。麛坂皇子と忍熊皇子は異母兄にあたる。

熊野杼樟日命

誓約の段において、『古事記』、『日本書紀』において須佐之男命が天照大御神の持ち物である八尺勾玉を譲り受けて化生させた五柱(『日本書紀』第三の一書では六柱)の神の一柱で、天照大御神の物実から生まれたので天照大御神の子であると宣言された。

『古事記』では熊野久須毘命、『日本書紀』本文では熊野櫲樟日命(クマノクスヒ)、第一の一書では熊野忍蹈命(クマノオシホミ)、第二の一書では熊野櫲樟日命(クマノクスヒ)、第三の一書では熊野忍蹈命(クマノオシホミ)またの名を熊野忍隅命(クマノオシクマ)、別段(岩戸隠れ)第三の一書では熊野大角命(クマノオオクマ)と表記されている。いずれも最後(5番目または6番目)に化生した神とされている。

 

素盞嗚尊

『古事記』の記述によれば、神産みにおいて伊邪那岐命が黄泉の国から帰還し、筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で禊を行った際、鼻を濯(すす)いだときに産まれたとする(阿波岐原は江田神社のある宮崎市阿波岐原町に比定される[1])。これは神道の祝詞、祓詞にもある。

『日本書紀』では伊弉諾尊とイザナミ (伊弉冉尊・伊邪那美命)の間に産まれ天照大神・ツクヨミ(月読)・ヒルコ(蛯児)の次に当たる。

統治領域は文献によって異なり、三貴神のうち天照大神は天(高天原)であるが、ツクヨミは天、滄海原(あおのうなばら)または夜を、スサノオには夜の食国(よるのおすくに)または海原を治めるように言われたとあり、それぞれ異なる。スサノオは記述やエピソードがツクヨミやヒルコと被る部分がある。

『古事記』によれば、スサノオはそれを断り、母神イザナミのいる根の国に行きたいと願い、イザナギの怒りを買って追放されてしまう。そこで母の故地、出雲と伯耆の堺近辺の根の国へ向う前に姉の天照大御神に別れの挨拶をしようと高天原へ上るが、天照大御神は弟が攻め入って来たのではと思い武装して応対する。スサノオは疑いを解くために誓約(うけひ)を行った。

我の潔白が誓約によって証明されたとして高天原に滞在するスサノオだったが、居られることになると次々と粗暴を行い、天照大御神は恐れて天の岩屋に隠れてしまった。そのため、彼は高天原を追放された(神逐)。

出雲の鳥髪山(現在の船通山)へ降った建速須佐之男命は、その地を荒らしていた巨大な怪物八俣遠呂智への生贄にされそうになっていた美しい少女櫛名田比売命と出会う。

スサノオは、クシナダヒメの姿形を歯の多い櫛に変えて髪に挿し、ヤマタノオロチを退治する。そしてヤマタノオロチの尾から出てきた草那藝之大刀(くさなぎのたち、紀・草薙剣)を天照御大神に献上し、それが古代天皇の権威たる三種の神器の一つとなる(現在は、愛知県名古屋市の熱田神宮の御神体となっている)。その後、櫛から元に戻したクシナダヒメを妻として、出雲の根之堅洲国にある須賀(すが)の地(中国・山陰地方にある島根県雲南市)へ行きそこに留まった。

 

 

旅をすること・・・人と出会うこと・・・
歴史を知ること・・・は
その後自分自身に必ずおとずれる
正しい選択の為の訓練です。

美しいモノをより美しく観る為に・・・
敬愛する人をより尊敬できるように・・・
大切な時間をより大切にすごす為に・・・

そして人生をより感動できるように・・・

人は旅に出ます。

【 Life On The Road (ライフ オン ザ ロード)】