コンチワ!コンチワ!コンチワ!
本日3つ目の観光スポット!平安京の表鬼門鎮座 方除・厄除の大社 神仏霊場「日吉大社 (ひよしたいしゃ)」に参拝して来ました”Mr.ゼットン”です。

今日はお盆の恒例行事、地元のツレとの男3人クルマ旅でした。今日の行き先は滋賀県。 大阪に居ながらもなかなか滋賀県を旅することはなかったのですが数日前よりヤマトタケルに興味が出たので思い切ってヤマトタケルを祀る建部大社に参拝をメインに、本家 鶴喜そば 本店 で美味しい蕎麦を食し、比叡山の麓に鎮座する大社。およそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮日吉大社に参拝し、三井寺力餅を食べ、レトロ感満載の容輝湯に入ることが出来ました。

当初の目的とは少し予定を変更しなければならなくなりましたが、充実した僕の知らない滋賀を旅してきました。

日吉大社

所在地: 〒520-0113 滋賀県大津市坂本5丁目1−1
電話: 077-578-0009

 

日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。境内大宮橋は日本百名橋に選定されている。

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。

 

歴史
文献では、『古事記』に「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」とあるのが初見だが、これは、日吉大社の東本宮の祭神・大山咋神について記したものである。日枝の山(ひえのやま)とは後の比叡山のことである。日吉大社は、崇神天皇7年に日枝山の山頂から現在の地に移されたという。

また、日吉大社の東本宮は、本来、牛尾山(八王子山)山頂の磐座を挟んだ2社(牛尾神社・三宮神社)のうち、牛尾神社の里宮として、崇神天皇7年に創祀されたものとも伝えられている。なお、三宮神社に対する里宮は樹下神社である。

西本宮の祭神・大己貴神については、大津京遷都の翌年である天智天皇7年(668年)、大津京鎮護のため大神神社の神が勧請されたという。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。

平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。神階としては、元慶4年(880年)に西本宮の祭神が、寿永2年(1183年)に東本宮の祭神が、それぞれ正一位に叙せられた。『延喜式神名帳』では名神大社に列格し、さらに長暦3年(1040年)、二十二社の一社ともなった[2]

最澄が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗・延暦寺の守護神として崇敬した。中国の天台宗の本山である天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君にならって山王権現と呼ばれるようになった。延暦寺では、山王権現に対する信仰と天台宗の教えを結びつけて山王神道を説いた。中世に比叡山の僧兵が強訴のために担ぎ出したみこしは日吉大社のものである。天台宗が全国に広がる過程で、日吉社も全国に勧請・創建され、現代の天台教学が成立するまでに、与えた影響は大きいとされる[2]

元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちにより、日吉大社も灰燼に帰した。現在見られる建造物は安土桃山時代以降、天正14年(1586年)から再建されたものである。信長の死後、豊臣秀吉と徳川家康は山王信仰が篤く、特に秀吉は、当社の復興に尽力した。これは、秀吉の幼名を「日吉丸」といい、あだ名が「猿」であることから、当社を特別な神社と考えたためである。

明治に入ると神仏分離令により、仏教色が廃された。また、本来の形に戻すとして、東本宮と西本宮の祭神を入れ替えて西本宮の大山咋神を主祭神とし、大物主神を祀る東本宮は摂社・大神神社に格下げした。明治4年(1871年)、官幣大社となった。1928年(昭和3年)、東本宮・西本宮ともに官幣大社となり、元の形に復した。

2006年(平成18年)6月7日、歴史的風土特別保存地区に指定された。

今日の3つ目の観光スポットは近江神宮
園城寺の予定でしたが思いの外ランチに時間を取られてしまったので、本家 鶴喜そば 本店の近くにあるおよそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮日吉大社に行ってきました。 家に帰ってから日吉大社を調べてみると今日のメインになるほどの大社でしたw 本家 鶴喜そば 本店のお客さんって日吉大社に来た人だったのかも知れませんねw

「西本宮本殿」「東本宮本殿」の建築様式は共に日吉造(聖帝造)といわれ、日吉大社だけに見られる形式という。日吉造の特徴は屋根の庇が前面と両側面の三面にだけで、従って、背面の屋根は切れたような形になっているところにあるらしい。 「西本宮本殿」は日吉大社の山王七社の中で最も格が高いとされているようである。 「西本宮本殿」は天正14年(1586年)に建造されたものといわれており、国宝に指定されているそうです。



旅をすること・・・人と出会うこと・・・
歴史を知ること・・・は
その後自分自身に必ずおとずれる
正しい選択の為の訓練です。

美しいモノをより美しく観る為に・・・
敬愛する人をより尊敬できるように・・・
大切な時間をより大切にすごす為に・・・

そして人生をより感動できるように・・・

人は旅に出ます。

【 Life On The Road (ライフ オン ザ ロード)