コンチワ!コンチワ!コンチワ!
台風の目をくぐって世界文化遺産「軍艦島へ」に上陸してきました”Mr.ゼットン”です。

昨日の昼過ぎからの雨でほぼあきらめムードでしたが、とりあえず行くところまでは行こうとホテルを後にしてカローラフィールドを走らせるも、ホテルを出ていきなりの通行止めの標識に苦笑い。

迂回路を使って軍艦島を目指しました。

1時間前にフェリー乗り場に到着するも、まだ雨は降っている。
フェリー会社の隣にあるガストでお茶休憩をしていると10分前に奇跡的に雨がやみ、
フェリー会社から「波が高い為上陸出来ない」事を条件にフェリーに乗り込む事ができました!

波は高く岸壁にフェリーを力技で着岸させ念願だった軍艦島上陸出来ましたぁー
うぉーーーーーーーーーーーーー

見るも聞くもの想像も全て違っていました。
正直ショックでした。

軍艦島(ぐんかんじま)
端島(はしま)は、長崎県長崎市(旧高島町)にある島である。明治時代から昭和時代にかけて海底炭鉱によって栄え、東京以上の人口密度を有していた。しかし、1974年(昭和49年)の閉山にともなって島民が島を離れてからは、無人島である。軍艦島(ぐんかんじま)の通称で知られている。2015年、国際記念物遺跡会議(イコモス)により、軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録された。

 

長崎港から南西の海上約17.5キロメートルの位置にある。旧高島町の中心であり同じく炭鉱で栄えていた高島(の南端)からは南西に約2.5キロメートルの距離にあり、長崎半島(野母半島)からは約4.5キロメートル離れている。端島と高島の間には中ノ島という小さな無人島があり、ここにも炭鉱が建設されたが、わずか数年で閉山となり、島は端島の住民が公園や火葬場・墓地として使用していた。そのほか端島の南西には「三ツ瀬」という岩礁があり、端島炭鉱から坑道を延ばしてその区域の海底炭鉱でも採炭を行っていた。

端島は本来は、南北約320メートル、東西約120メートルの小さな瀬であった。その小さな瀬と周囲の岩礁・砂州を、1897年(明治30年)から1931年(昭和6年)にわたる6回の埋め立て工事によって、約3倍の面積に拡張した。その大きさは南北に約480メートル]、東西に約160メートルで、南北に細長く、海岸線は直線的で、島全体が護岸堤防で覆われている。面積は約6.3ヘクタール、海岸線の全長は約1200メートル。島の中央部には埋め立て前の岩山が南北に走っており、その西側と北側および山頂には住宅などの生活に関する施設が、東側と南側には炭鉱関連の施設がある。

年間平均気温は15から16℃。平均降水量は2000ミリメートル、冬は比較的雨量が多い。夏は南東風・南風、冬は北西風・北風が多い(いずれも旧高島町についてのもの)。

端島を舞台とした1949年(昭和24年)の映画『緑なき島』のタイトルにも現れているが、この島には植物がとても少なく、住民は本土から土砂を運んで屋上庭園を作り、家庭でもサボテンをはじめ観葉植物をおくところが多かった。また、主婦には生け花が人気であったという。西山夘三も草木はほとんどないと述べているが、これについては誇張的という指摘がある。閉山後の調査では二十数項目の植物が確認されており、特にオニヤブマオ(イラクサ科)、ボタンボウフウ(セリ科)、ハマススキ(イネ科)の3種が端島の主な植物として挙げられている。

by.Wikipediaより

 

 

【※只今作成中】

 

 

旅をすること・・・人と出会うこと・・・
歴史を知ること・・・は
その後自分自身に必ずおとずれる
正しい選択の為の訓練です。

美しいモノをより美しく観る為に・・・
敬愛する人をより尊敬できるように・・・
大切な時間をより大切にすごす為に・・・

そして人生をより感動できるように・・・

人は旅に出ます。

【 Life On The Road 】