コンチワ!コンチワ!コンチワ!
国産み神話によって最初に生まれた島でその中枢にあった一宮を訪ねる旅「伊弉諾神宮」に行ってきました”Mr.ゼットン”です。

はじまりの島、はじまりの時、古事記、日本書紀の神代巻に創さいの記載がある最古の神社に訪れました!
今年NEVER WAREは新事業を立ち上げるにあたり思い出の土地になるかも淡路島(≧∇≦)

伊弉諾神宮

所在地: 〒656-1521 兵庫県淡路市多賀740

伊弉諾神宮は、兵庫県淡路市多賀にある神社。式内社、淡路国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。 所在地である旧一宮町の地名は、当社に由来する。通称「一宮さん」「伊弉諾さん」。1月15日には、御粥占祭のほか、淡路農林水産祭が行われる。

 

『古事記』・『日本書紀』の冒頭「国生み神話」に登場する、国生みの大業を果たされた伊弉諾尊(イザナギ)と伊弉冉尊(イザナミ)の二柱をお祀りする神社です。『古事記』・『日本書紀』に記載がある中では全国で最も古い神社で、淡路国一宮として古代から全国の掌敬を集めています。延喜式名神大社、三代実録神格一品、旧官幣大社で兵庫県唯一の「神官号」を宣下された神社です。

『古事記』・『日本書紀』には、国生みに始まるすべての神功を果たされたイザナギ尊が、御子神である天照大御神に国家統治の大業を委譲され、最初にお生みになられた淡路島の多賀の地に、「幽宮」を構えて余生を過ごされたと記されています。その御住居跡に御神陵が営まれ、そこに最古の神社として創始されたのが、伊弉諾神宮の起源です。地元では「いっくさん」と別称され日之少宮、淡路島神、多賀明神、津名明神と崇められています。

「陽の道しるべ」
伊弉諾神宮を中心にして、まるで計算されたように、東西南北には縁ある神社が配置されていることは実に不思議です。神宮の境内には、太陽の運行図として、このことを紹介する「陽の道しるべ」というモニュメントが建っています。神宮の真東には飛鳥藤原京、さらに伊勢皇大神宮(内宮)が位置しており、春分秋分には同緯度にある伊勢から太陽が昇り、対馬の海神(わたつみ)神社に沈みます。そして夏至には信濃の諏訪大社から出雲大社、冬至には熊野那智大社から高千穂神社へと太陽が運行します。

「夫婦楠」
境内には、イザナギ・イザナミの二神が宿る御神木として、夫婦円満、安産子授、縁結びなどの御利益があると信仰されている樹齢約900年の夫婦大楠があります。

記紀に伝わる国生みの神話とは

日本最古の歴史書である「古事記」「日本書紀」は、世界の創生を記す天地開闢の神話から始まります。混沌とした宇宙で「天地(あまつち)はじめて發(ひら)けしとき」に高天原に造化三神が生まれ、続く神世七代の最後の伊弉諾尊(イザナギノミコト)・伊弉冉尊(イザナミノミコト)の二神に対し、「この漂へる国を修め固めて完成させよ」と命じます。

イザナギ、イザナミは天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛(あめのぬぼこ)で大海原をかき回し、矛の先から滴り落ちた雫が「淤能碁呂島(おのごろじま)」となります。そして二神はこの島に降り立って国産みの儀式を執り行い、最初に生まれたのが淡路島(淡道之穂之狭別島)であり、続いて四国、隠岐、九州などの「大八島(おおやしま)の国」が生まれ、日本の国土が出来上がります。

イザナギは「天照大神」にこの世の統治を託す

国産みを終えた二神は続いて家の神、海の神、火の神など、自然を形作る多くの神々を産みだします。そして最後に天照大神(アマテラス)、月読命(ツクヨミ)、須佐之男(スサノオ)の三貴神が産まれ、イザナギは世界を3つに分けて統治するよう命じます。記紀ではその後、日本草創期の壮大な歴史物語が展開されていきます。

その後のイザナギは淡路島の「幽宮」に鎮まる

イザナギは神の務めを全て終えた頃、病で衰弱していて霊は幽界に遷ろうと(命が途絶えようと)していました。そこで、「幽宮(かくりのみや)」を淡路の州(淡路島)に構へ、静かに長く隠れたとあります。(「構幽宮於淡路之洲」:日本書紀6段本文-1)

伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)の由緒では、イザナギの住居跡に御陵(みささぎ)が営まれ、至貴の聖地として最古の神社が創始されたのが起源とされています。現在はイザナミもここに合祀され、夫婦2柱が祀られるようになっています。ここは地元では「いっくさん」として親しまれ、昭和29年(1954年)には昭和天皇に神宮号を宣下され、伊弉諾尊神宮と称すようになっています。

国産み神話の中で最初に生まれた「特別な島」が淡路島

かつて、淡路島と大和朝廷には密接な関係があったと言われます。淡路島は古代・弥生時代の銅鐸や銅剣が多く出土する地域であり、大陸と繋がる海の大動脈、瀬戸内海の東端に位置し、南北にも繋がる交接点の島。これらの理由から、おのずと海上交通の要の地になったと言われます。

また、時の大和朝廷は交易の要衝である淡路島に「屯倉(みやけ)」を置きました。「延喜式」によると、淡路の塩や海の幸などを調達する「御饌都国(みけつくに)」として、神事の際の神饌(供物)を貢進する関係となっていきます。

淡路の「海人(あま)」と呼ばれる海の民の活躍によって力をつけてきた大和政権。淡路島と朝廷との深い関係の中で、海人に伝わる「島生み」の伝承が「国産み神話」となり、淡路島が最初に生まれる「特別な島」として取り込まれていったと見られています。

 

近畿の五芒星

5つの聖地を結ぶと美しいまでの五芒星が浮き出てきます。
通称「近畿の五芒星」とよばれる存在です。
日本書紀の神代巻に創さいの記載がある最古の神社「伊弉諾神宮」考えさせられる事が多々ありました。

場所はおよそ以下の5箇所とされています。
(1)伊弉諾神宮
創建:神代
所在:兵庫県淡路市
主祭神:伊弉諾尊
(2)熊野本宮大社(旧社地)
創建:崇神天皇65年
所在:和歌山県田辺市
主祭神:家都美御子大神(素蓋鳴大神)
(3)伊勢神宮内宮「皇大神宮」
創建:垂仁天皇26年
所在:三重県伊勢市
主祭神:天照坐皇大御神(一般に「天照大神」)
(4)元伊勢内宮「皇大神社」
創建:崇神天皇39年
所在:京都府福知山市
主祭神:天照大神
(5)伊吹山
所在:滋賀県/岐阜県
創建:―

この五芒星は各所の創建年をみるに、約2000年前には成立していたのが推測できるそうです。
伊吹山は古来から霊山として崇められており、山全体が神聖なものとされてきました。
そして他4箇所についてはそれぞれ2000年以上(伝承上で)歴史があります。
この五芒星について各所調べるうち色々わかったこともあるが、
あまり長くなるのでそれにについてはまた今度にしておくとして……。

■■ 五行説 ■■
森羅万象はすべて「 木・火・土・金・水 」の性質に分類され、
それぞれが生かし合ったり、牽制し合ったりしているという考え方なのです。
この五角形の頂点を結べば内側に五芒星が現れ、そしてその五芒星のなかには次の五角形が現れ・・・
というように、五芒星と正五角形は無限に連鎖していきます。
つまり終わりのない形として完全性を意味するのです
この形がエネルギーを蓄積させ魔を入らせないとも、
逆に入り込んだ魔が連鎖の迷宮に封じ込められて抜け出せないともいいます。
【火】伊弉諾神宮
【木】熊野本宮大社(旧社地)
【水】伊勢神宮内宮「皇大神宮」
【土】元伊勢内宮「皇大神社」
【金】伊吹山

【火】伊弉諾神宮
国産み・神産みにおいて再愛の妻(妹でもある)イザナミと日本国土を形づくる多数の子をもうけるが、イザナミは【火】の神軻遇突智(迦具土神・かぐつち)を産んだために陰部に火傷を負って病に臥せのちに亡くなる。

【木】熊野本宮大社
熊野本宮大社 日本第一霊験所・全国熊野神社総本社・熊野権現・熊野坐神社 Home 熊野本宮大社とは 歴史 熊野詣・参詣路 主なる年間祭事 社務所 人生の出発(たびたち)の地 甦る日本の心 大地・人への感謝 熊野は「黄泉還り(よみがえり)の地」 正遷座百二十年大祭 日本再生~神仏の祈り~ この度、全国崇敬者各位の数多の篤い志により、当社の悲願でありました社殿屋根葺き替え工事は千木の 煌 きと共に無…

【水】伊勢神宮内宮
“皇室の御祖先の神である天照大御神がお祀りされています。垂仁天皇の26年(紀元前4年)に、神路山・島路山を源とする五十鈴川の川上にご鎮座された『日本人の総氏神』です。”

【土】元伊勢内宮
“三重県の伊勢神宮より54年も前にまつられたといわれている由緒ある神社です。
元伊勢外宮豊受大神社は、伊勢神宮外宮の元宮だといわれています。”

【金】伊吹山
“中世の伊吹修験道は弥高・観音・太平・長尾の四箇寺を中心に展開した”
五芒星の中心に位置するのは……平城京跡

1. 【火】伊弉諾神宮  2016.8.14に達成しました
2. 【木】熊野本宮大社(旧社地)  2015.5.31に達成しました
3. 【水】伊勢神宮内宮「皇大神宮」
4. 【土】元伊勢内宮「皇大神社」
5. 【金】伊吹山


「LIFE IS A JOURNEY 〜人生は、旅だと思う〜」
旅をすること・・・人と出会うこと・・・
歴史を知ること・・・は
その後自分自身に必ずおとずれる
正しい選択の為の訓練です。

美しいモノをより美しく観る為に・・・
敬愛する人をより尊敬できるように・・・
大切な時間をより大切にすごす為に・・・

そして人生をより感動できるように・・・

人は旅に出ます。

【 Life On The Road 】