JR京都駅周辺


教王護国寺(東寺)

観智院

西本願寺

 

東福寺~五条坂


東福寺

泉涌寺

智積院

三十三間堂

養源院

 

清水寺

清水寺(きよみずでら)は、京都府京都市東山区清水にある寺院。山号は音羽山。本尊は千手観音、開基(創立者)は延鎮である。もとは法相宗に属したが、現在は独立して北法相宗大本山を名乗る。西国三十三所観音霊場の第16番札所である。

 

東山周辺


知恩院

知恩院(ちおんいん)元和7年(1621)、徳川二代将軍秀忠公の命を受け建立されました。平成14年には国宝に指定されました。
構造は入母屋造本瓦葺(いりもやづくりほんがわらぶき)で、高さ24メートル、横幅50メートル、屋根瓦約7万枚。その構造・規模において、わが国現存の木造建築として最大級の二重門で、外に掲げられている「華頂山」の額は、大きさは畳二畳以上にもなります。

一般には寺院の門を称して「山門」と書くのに対し、知恩院の門は、「三門」と書きます。
これは、「空門(くうもん)」「無相門(むそうもん)」「無願門(むがんもん)」という、悟りに通ずる三つの解脱の境地を表わす門(三解脱門:さんげだつもん)を意味しています。

上層部(楼上)内部は、仏堂となっており、中央に宝冠釈迦牟尼仏像、脇壇には十六羅漢像(いずれも重要文化財)が安置されているほか、天井や柱、壁などには迦陵頻伽(かりょうびんが)や天女、飛龍が極彩色で描かれていて、荘厳な雰囲気を備えています。
また、七不思議の一つである白木の棺があり、三門造営の命を受けた造営奉行、五味金右衛門(ごみきんえもん)夫妻の木像が安置されています。
楼上内部は通常は非公開ですが、特別公開の期間中には七不思議のひとつ白木の棺や、天井から柱まで全体に施された華麗な極彩色の荘厳を目にしていただくことができます。

 

圓徳院

長楽寺

円山公園

京都霊山護国神社

 

祇園・先斗町


建仁寺

八坂神社

八坂神社(やさかじんじゃ)は、京都府京都市東山区祇園町北側にある神社。二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国にある八坂神社や素戔嗚尊を祭神とする関連神社(約2,300社)の総本社である。通称として祇園さんとも呼ばれる。7月の祇園祭(祇園会)で知られる。

 

祇園白川

 

岡崎~哲学の道


平安神宮

平等院(びょうどういん)は、京都府宇治市にある藤原氏ゆかりの寺院。平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園等を今日に伝え、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている。山号を朝日山と称する。宗派は17世紀以来天台宗と浄土宗を兼ね、現在は特定の宗派に属さない単立の仏教寺院となっている。本尊は阿弥陀如来、開基は藤原頼通、開山は明尊である。

 

南禅寺

永観堂

慈照寺(相国寺塔頭、別称・銀閣寺)

哲学の道

並河邸

 

烏丸御池・四条河原町周辺


本能寺

矢田寺

 

京都御苑・二条城・西陣周辺


京都御苑

京都御所

二条城

二条城(にじょうじょう)は、京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある、江戸時代に造営された日本の城である。京都市街の中にある平城で、後述する足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏によるものがあるが、現在見られるものは徳川氏によるものである。また、後の近代において二条城は京都府の府庁や皇室の離宮として使用された。城内全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿(6棟)が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿の障壁画計1016面が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に指定されている。さらに1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産(世界文化遺産)に「古都京都の文化財」として登録されている。

徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、江戸幕府の始まりと終わりの場所でもある。

 

本法寺

雨宝院

千本釈迦堂

 

上賀茂~下鴨・出町柳


上賀茂神社

上賀茂神社(かみがもじんじゃ)は正式名、賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)と言います。京都市左京区にある下鴨神社(しもがもじんじゃ)と合わせて「賀茂社」と言われています。祭神は賀茂別雷大神(かもわけいかづちおおかみ)です。御神徳は厄除け、方位除けほか、旅行の安全などもあります。「山城国風土記」によると賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)の子、玉依日売(たまよりひめ)が瀬見(せみ)の小川で遊んでいました。そこに丹塗りの矢が流れてきてそれを拾い床の間に飾っていたところ懐妊しました。その子を「賀茂別雷大神(かもわけいかずちのおおかみ)」となずけました。玉依日売(たまよりひめ)の兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族が678年、氏神神社として創建これを奉斎したところから、上賀茂神社が始まりました。794年平安遷都後は桓武天皇が行幸され、王城鎮護の神とされ歴代の天皇の行幸があり、朝廷・公家・武家の崇敬を受けていました。810年嵯峨天皇が賀茂斎院の制をもうけ、皇女の有智子内親王を斎王として400年、35代の皇女が賀茂社の神事に仕えてこられました。武家からは、特に徳川家康から篤い信仰を集めました。それは徳川の家紋、三つ葉葵が賀茂社の神紋、双葉葵に由来することからだと言われています。

 

下鴨神社

下鴨神社(しもがもじんじゃ)は正式名称、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)と言います。 京都市北区にある賀茂神社(かみがもじんじゃ)と合わせて「賀茂社」と言われています。上賀茂神社の祭神の賀茂別雷大神(かもわけいかづちおおかみ)の母、玉依媛命(たまよりひめのみこと)を東本殿に、母方の祖父、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)を西本殿に祀られています。賀茂建角身命は古代の京都を開かれた神様で、「八咫烏(やたがらす)」の化身とも言われていることから京都の守護神として祀られ御神徳は厄除け、方位除けです。そして玉依媛命により縁結び、安産、育児の神としても信仰されています。紀元前90年に玉垣が造営され、677年に社殿が創建されたと言われています。794年平安遷都後は桓武天皇が行幸され、王城鎮護の神とされ、歴代の天皇の行幸がありました。810年嵯峨天皇が賀茂斎院の制をもうけ皇女の有智子内親王を斎王として約400年、35代の皇女が賀茂社の神事に仕えてこられました。

幸神社

幸神社(さいのかみやしろ)は、御由緒によれば「当社の祭祀は遠く神代に始まり、天武天皇の白鳳元年に御再興、桓武天皇延暦十三年平安京の鬼門除守護神として御造営あらせられる」とあります。幸神社は猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)と天鈿女命(あめのうずめのみこと)をまつる神社で、周辺地域は、平安京以前は出雲氏一族が本拠地としていたことから、主祭神の猿田彦大神は出雲路の道祖神でもあったそうです。都ができると、平安京の鬼門の東北の神を担うことになります。そして、この幸神社は、天と地を導き結んだとする二人の神にあやかり、縁結びとなったそうです。ここで愛を誓った男女の縁は永遠に結ばれると、古くから伝えられている同神社には男と女の思いをめぐる、もう一つの話があります。境内の東北の隅に大小の石が重ねて置かれた石の神。道を守り、都の邪気を払うとして敬われてきました。この石神が、おそらく狂言「石神」に登場する石神ではないかと考えられているのです。(また、この石に触るとたたりがあるとされ、拝めば幸運があるとされています。)

 

 

宝が池周辺・岩倉・修学院・八瀬


修学院離宮

赤山禅院

曼殊院

瑠璃光院

蓮華寺

 

大原・鞍馬・貴船


三千院

三千院(さんぜんいん)は、京都市左京区大原にある天台宗の寺院。三千院門跡とも称する。山号は、魚山(ぎょざん)、本尊は薬師如来、開基は最澄である。

京都市街の北東に位置する山中、かつては貴人や仏教修行者の隠棲の地として知られた大原の里にある。青蓮院、妙法院とともに、天台宗の三門跡寺院の1つに数えられている。

 

寂光院

鞍馬寺

鞍馬寺(くらまでら)は、日本の京都府京都市左京区鞍馬本町に所在する寺である。1949年までは天台宗に属したが、以降、独立して鞍馬弘教総本山となっている。山号は鞍馬山(くらまやま)。鑑真の高弟・鑑禎(がんてい)によって開山されたという。本尊は、寺では「尊天」と称している。「尊天」とは毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三身一体の本尊であるという。

京都盆地の北に位置し、豊かな自然環境を残す鞍馬山の南斜面に位置する。鞍馬は牛若丸(源義経)が修行をした地として著名であり、能の『鞍馬天狗』でも知られる。新西国十九番札所である。

なお、鞍馬寺への輸送機関としてケーブルカー(鞍馬山鋼索鉄道)を運営しており、宗教法人としては唯一の鉄道事業者ともなっている。

 

貴船神社

貴船神社(きふねじんじゃ)は、京都府京都市左京区にある神社。式内社(名神大社)、二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国に約450社ある貴船神社の総本社である。地域名の貴船「きぶね」とは違い、水神であることから濁らず「きふね」という。

 

紫野・北野・平野・鷹峰周辺


大徳寺

源光庵

光悦寺

平野神社

北野天満宮

しょうざん

しょうざんは、もともと1948年設立の和装着物の会社で、のちに会社名を「㈱しょうざん」と改め、京都の千本通の北のはずれの鷹ヶ峰すぐ近くに「光悦芸術村 しょうざん」という名の3万5千坪の広大な森(鷹ヶ峰/紙屋川渓谷)に広がる北山台杉の古木が3000本を含む庭園がメインのレジャー施設です。そして秋には、紅葉、また季節ごとに花菖蒲、桔梗、梅などの散策が楽しめます。またチャペル、結婚式場、ボウリング場、工房、レストラン、料亭などの施設も充実している穴場スポットです。

しょうざんの光悦芸術村という名はこの鷹ヶ峰という地域が江戸時代初期に徳川家康が本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)に与えた土地に様々な工芸に携わる多くの職人と共に住居を構え工芸村を営んだことからきているのでしょう。また、本阿弥光悦は近くの光悦寺に眠ります。

今宮神社

衣笠・きぬかけの路・御室


鹿苑寺(相国寺塔頭、別称・金閣寺)

金閣寺は、正式名称「鹿苑寺」(ろくおんじ)といい、中心となる舎利殿(しゃりでん)を「金閣」、寺院全体を「金閣寺」(きんかくじ)と称します。鎌倉時代1224年、藤原公経(ふじわらのきんつね)<西園寺公経>が西園寺を建立し、代々所有していました。同氏は朝廷と鎌倉幕府の連絡役を務めていましたが、幕府滅亡直後に当主、西園寺公宗が後醍醐天皇を西園寺に招待して暗殺を企てた容疑がかけられ西園寺家の資産は没収されてしまいます。1397年、足利義満は河内国と交換に西園寺を譲り受け改築・新築により「北山殿」を造営しました。ここが政治の中枢となり政務が行われるようになりました。ここを足利義満没後、舎利殿を残して解体され「鹿苑寺」として夢想疎石(むそうそせき)により禅寺として開山されました。昭和25年7月2日学僧の放火により舎利殿(金閣)と仏像等を焼失され、現在の金閣は旧建物の詳細な図面、写真、古文書、焼損材等の資料を使い3年かけて復元された物です。

 

龍安寺

龍安寺(りょうあんじ)は1450年、室町幕府の管領の守護大名で応仁の乱の東軍の総帥、細川勝元、衣笠山山麓の藤原北家の流れをくむ徳大寺家の山荘を譲り受け禅寺を創建され、妙心寺第5代住持、義天玄承(ぎてんげんしょう)により開山されました。しかし数年後、応仁の乱で龍安寺は焼失してしまいます。その後、1488年勝元の息子、細川政元により復興されることとなります。最盛期には塔頭が21あり、今はその内の3ヶ寺(西源院・大珠院・霊行院)が残っているのみです。1797年の火災で焼失後、塔頭の一つ西源院の方丈が移築され今現在の龍安寺の方丈になっています。世界的にも有名な国の特別名勝の「石庭」、や禅の心など世界中の観光客に深く興味をもたれていると同時に、外国人観光客に一番人気の高い寺院です。

仁和寺(別称・御室御所)

仁和寺(にんなじ)は、光孝天皇の勅願で建て始めたのですが、完成を見ずに崩御されました。888年この意志を継いだ息子、宇多天皇によって完成されました。その後、宇多天皇は出家し、仁和寺伽藍の西南に「御室」(おむろ)と呼ばれる僧坊を建築しここに住むことにより「御室御所」と呼ばれるようになりました。仁和寺はその後も皇子や皇族が門跡を務め門跡寺院の筆頭として仏教各宗を総括していきます。室町時代にはやや衰退し、応仁の乱では伽藍が全焼しましたがその後、徳川幕府により伽藍が再興されました。ここ仁和寺は京都一遅咲きの2~3mの低木の「御室桜」(おむろざくら)が有名で多くの人の憩いの場所でもあります。

原谷苑

三尾周辺・太秦


神護寺

西明寺

高山寺

嵐山・嵯峨野


嵐山

嵐山(あらしやま)は京都府京都市の観光地。国の史跡および名勝に指定されている。

本来地名としては西京区(桂川の右岸)を指し、左岸は右京区嵯峨であるが、観光案内等では嵯峨地区を含めた渡月橋(とげつきょう)周辺全域を一まとめに嵐山と称する事が多いため、本記事では渡月橋周辺全域をしての嵐山を扱う。

大覚寺

常寂光寺

天龍寺

桂・上桂・西芳寺(苔寺)周辺・松尾


西芳寺(別称・苔寺)

松尾大社

梅宮大社

桂離宮

 

大原野・長岡京周辺


長岡天満宮

善峯寺

 

山科・醍醐周辺


毘沙門堂

醍醐寺

 

伏見・宇治


城南宮

平等院

宇治上神社

 

 

その他・京都府下


伏見稲荷大社

伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)は、京都府京都市伏見区深草にある神社。旧称は稲荷神社。式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。稲荷山の麓に本殿があり、稲荷山全体を神域とする。本殿右には稲荷神明水がある。

全国に約3万社あるといわれる稲荷神社の総本社である。初詣では近畿地方の社寺で最多の参拝者を集める(日本国内第4位〔2010年〕)。現存する旧社家は大西家。

出雲大社京都分院

島根県出雲大社の分院【出雲大社京都分院】


【高桐院】

高桐院(こうとういん)は、京都府京都市北区紫野にある臨済宗大徳寺派の寺院。大本山大徳寺の塔頭のひとつである。開基(創立者)は細川忠興(三斎)、開山(初代住職)は玉甫紹琮(ぎょくほじょうそう)である。


【木島坐天照御魂神社】


【大石神社】

角が生えている狛犬

 


【元伊勢内宮「皇大神社」】(済)

皇大神社(こうたいじんじゃ)は、京都府福知山市大江町内宮にある神社。旧社格は府社。元伊勢伝承地(吉佐宮)の1つ。


【伊根の舟屋】(済)

伊根の舟屋(いねのふなや)は、京都府与謝郡伊根町の伊根地区(伊根浦)に立ち並ぶ民家で、船の収納庫の上に住居を備えた、この地区独特の伝統的建造物である。


【高山寺】


 【由良川橋梁】


 【立岩】


全国各地に残る鬼退治の伝説。もちろん京都にも伝説は残っている。有名なのは大江山の三鬼伝説。西暦500年末、用明天皇の頃。英胡(エイコ)・軽足(カルアシ)、土熊(ツチグマ)の三鬼を首領とする鬼たちが街を荒らしていたそう。英胡と軽足は退治したけれど、逃げた土熊は丹後まで追い詰め、立岩に閉じ込めたのだとか。風の強い日に立岩に近づくと、まるで鬼が泣いているような音が聞こえるという。


【かやぶきの里】


世間の喧騒を忘れ、茅葺民家の集落でゆったりした時間を過ごせる、言わずと知れた京都の人気観光地美山。こちらは、もうどこを切り取っても画になるような場所で、地域主催の写真コンテストが年に何度か開催されている。そんな美山で写真を撮るなら、この時間だと幻想的な瞬間が撮れるという時間がある。


【白雲神社】